こんにちは、ユタカです。
この記事は、参考書籍とリサーチの結果をもとに台本と記事を作成したものを音声収録して公開しています。
【お知らせ】 タロットが学べるnoteマガジンを発行中です。タロットを1枚ずつ、15世紀のヴィスコンティ版、17世紀のマルセイユ版、1909年ウェイト=スミス版という3つの時代の絵札を並べて、「この絵はどこから来たのか」を辿るマガジンです。
トレーディングカードの中には、1枚で家が買えるほどの値段がつくものがあります。紙の小さなカードに、なぜそこまでの価値がつくのでしょうか。
前回お話しした、姿を見せない君主フィリッポ・マリア・ヴィスコンティも、カードにとんでもない大金を払った人物でした。今日は、城の奥にこもった君主が夢中になったカードの話です。
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今日の舞台
時代:1410年代〜1440年代
場所:ミラノの宮廷
主役:フィリッポ・マリアと、秘書マルツィアーノ・ダ・トルトーナ
本編
1500ドゥカートのカード
秘書デチェンブリオの伝記には、こんな一節があります。
フィリッポ・マリアは、若いころからさまざまな遊びを好んだ。とりわけ 絵を描いたカードの遊び に夢中になり、ひと組に 1500ドゥカート を払った。そのカードは秘書のマルツィアーノ・ダ・トルトーナが中心になって作ったもので、神々の姿と、それに添える動物や鳥の姿が、見事な技で描かれていた。
第0話でお話ししたとおり、切り札にあたる絵札はユピテルやヴィーナスといった、ギリシャ・ローマの神々16柱でした。絵は宮廷画家のミケリーノ・ダ・ベゾッツォが描いたと考えられています。
伝記によれば、フィリッポ・マリアは玉転がしやボール遊びも好み、祭りの日にはサイコロ遊びもしました。チェスは、自分で指すより人の対局を眺めるほうが多かったそうです。けれど何より心を奪われたのが、絵のカードでした。
残念ながら、このカードそのものは残っていません。けれど、「ふつうのカードに、意味のある絵札の組を加える」という遊びに、ミラノ公が大金を投じていたことは、ここからはっきり分かります。タロットの誕生まで、あと一歩のところです。
イェール大学の一組
現存するヴィスコンティ家のタロットのうち、アメリカのイェール大学にある一組は、フィリッポ・マリアの時代に作られたと考える研究者が多いのです。
手がかりのひとつが「恋人」の札です。天蓋の縁に、ヴィスコンティ家の蛇の紋章と、赤地に白い十字のサヴォイア家の紋章が、交互に並んでいます。フィリッポ・マリアは1427年ごろ、サヴォイア家の姫マリーと再婚しました。この札はその結婚を記念したものではないか、と言われています。ただし二人は、城の中で別々に暮らしたと伝えられています。カードの中の恋人たちとは、ずいぶん違う結婚でした。
もうひとつは金貨の札です。描かれた金貨をよく見ると、馬に乗った君主の姿が刻まれています。これは、フィリッポ・マリアが発行した金貨によく似ています。
この一組は、ほかにも変わった特徴を持っています。宮廷の人物札が、王・女王・騎士・小姓に加えて、馬に乗った女性と侍女まであるのです。さらに切り札には、今のタロットにはない「信仰」「希望」「慈愛」の3枚の美徳の札も含まれています。タロットの形が、まだ決まっていなかった時代のカードなのです。
伝記には、彼が使ったしるしも記されています。一族の蛇と鷲。太陽の光の中の鳩。王冠と、シュロと月桂樹の枝。イェール大学のカードには、光を放つ鳩や、枝をさした王冠が描かれています。
姿を見せなかった君主は、自分のしるしを、カードの中にびっしりと描き込ませていたのです。
タロットとのつながり
城の奥で、雷におびえ、家臣を疑いながら、金箔のカードを並べる君主。カードの中では、皇帝は玉座に座り、恋人たちは紋章の天蓋の下で結ばれています。カードは彼にとって、自分では出ていけない外の世界を、手のひらの上で動かす道具だったのかもしれません。
その切り札のいちばん下にいるのが「魔術師」です。人の目を操る手品師。見せるものと隠すものを巧みに使い分けたフィリッポ・マリアこそ、宮廷いちばんの手品師だったとも言えそうです。
noteの有料記事では、その「魔術師」の札を取り上げています。路上の手品師が、どうして天と地をつなぐ「魔術師」になったのか。3つの時代の絵札を並べて、画像付きで解説しています。
▶ 【タロット図像学 No.01】魔術師 ── 路上の奇術師は、いつ「魔術師」になったのか(note)
今日の問い
フィリッポ・マリアは、顔も、本心も、城の中の暮らしも見せませんでした。そのかわりに、紋章やメダルや金貨やカードを通して、自分の「しるし」だけを世の中に送り出しました。
人は、見えないものを想像で埋めます。姿を見せない君主は、そのぶん大きく、謎めいて見えたはずです。
今日、あなたに考えてみてほしい問いはこれです。
姿を見せない権力は、なぜ人を従わせることができるのでしょうか。
そして、画面の向こうの顔の見えない誰かや、名前の分からない仕組みに、私たちはどれくらい動かされているのでしょうか。
次回予告
1447年8月、フィリッポ・マリアは跡を継ぐ息子のいないまま亡くなります。ヴィスコンティ家の直系は、ここで途絶えました。
次回の主役は、彼がいちばん恐れ、いちばん頼りにした男、傭兵隊長 フランチェスコ・スフォルツァ です。
それでは、また次回。
ユタカでした。ではでは。


